この歳でラブレターでもあるまいに。
とは思うのだが、こんな機会でなければなかなか書けない(書かない)ことだし。
もし明日、死んでしまったら、この思いは伝えられないままになってしまうし。
ということで。
室井佑月blogの企画
ラブレターにトラックバック。
『これまで以上の時を過ごそう!』
(ハルク 48歳 妻への手紙)
おまえが涙をポロポロ流したあの日からもう3年が過ぎたね。
俺が泣かした訳じゃないけれど、俺にとってもこれからのおまえとの生活を再認識した日になった。
一人っ子の長男が全寮制の中学校に行くと言いだした時、渋るおまえを押し切って子供の意見を尊重したこと自体は後悔していない。でも、入学式が終わり、我が家に帰ってきて夕食を食べ始めた途端泣き出したおまえを目の前にした時、母子を引き裂く非情の父親をイメージしてしまいチョット罪悪感を持ったことも事実だ。食事どころではなくなり、小一時間、おまえを慰めたのは罪滅ぼしではなく愛しているからなんだけど。
ただ、あまり心配はしていなかったんだ。根っからの楽天家である(と俺は思ってる)おまえのことだ、「明日には立ち直るさ!」と信じていた。さすがに翌日とはいかなかったが、日々元気を取り戻し、いつものおまえに戻るのに1年もかからなかったと思う。(1年近くもかかったという見方もあるが。)
子供が小さい時にはどうしても子供中心の生活になる。その子供中心の生活から夫婦中心の生活に戻ることが子離れにつながると考えた。だから我が子が12歳にして親元を離れると言った時に俺は、おまえと一緒に子離れしようと思った。いずれ子は親元を離れる。それが少し早かっただけさ。男親の勝手な言い分だったかもしれないがおまえは理解してくれた。今では普段の生活の中に子供がいないということが当たり前になり、それを前提とした生活スタイルができつつあり、それはいいことだと思う。子供が親元にいないことによる苦労もあるけれど、子供に縛られない自由時間が多いことも事実だ。これからも苦労を楽しみ、有意義に使おうじゃないか二人の時間。
今年の10月で結婚18周年、20年以上の付き合いになるんだね。
言葉に出したことはないけれど、親父が病に倒れたときのおまえの献身的な介護に、資格試験に挑む俺を陰に日なたに叱咤激励してくれたことに、日々の生活の中で常に自分を二の次にして家族を気遣ってくれているおまえに、ありがとう。
そして何より、今まで俺と一緒の道を歩んできてくれたことにありがとう。付き合い始めの頃のようにぴったり寄り添って歩くことはなくなったけれど、それは逆に余裕にもなっているかな。一緒に歩く道幅が広くなっているのだから。
と同時に岐路も多くなっている。できればこれからも、同じ道を、付かず離れずでいい、おまえと歩いて行きたい。願わくはお互いが微笑みながら、お互いに感謝しつつ、お互いを愛しみながら。
1. 無題
<p>室井佑月さんのブログへのトラックバックで、<br />
ご近所になりましたので拝見させていただきました。</p>
<p>はるくさんのラブレターになんだかすごく感動しました。</p>
<p>ぼくは結婚していないので、夫婦っちゅー関係はいまいちピンとこないんですが、こういうのが夫婦の幸せなんだろうな~と思えました。</p>
<p>末永くお幸せに。<br />
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